読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ズ−岡の「実践!瞑想食メニュ―」

★エッグプラント・ミ―ト・カレー(インド)

食欲がなくてもついつい食べてしまえる

気落ちしているときの意識高揚に役立つ

【材料】4人分

エッグプラント・カレー(17.3.14日記)の材料と、豚ひき肉200グラム、トマト1個みじん切り

【作り方】

1.熱したサラダオイルに、すりおろしたしょうがとにんにく、カイエンペッパ―、クミン、フェンネル、コリアンダ―を入れ、

3分ほどかき混ぜながら炒めます。好みに応じて他のスパイスを加えてもよいし、マイルド派はカイエンペッパ―を入れなくてもよいです。

2.みじん切りのトマトを加え、ペ―スト状になるまで炒めます。

3.へたを取り、たてに四つ切りしたなす、ひき肉を加えて、なすに焦げ目がつくくらいまでさらに炒めます。

4.水1/2カップ(100cc)を加え、煮たったら弱火にして10分間、煮汁にとろ味がでるまで煮こみ、小さじ1ぱい程度の塩で味を整えます。

不思議体験cooking・ブック転載

<大阪>コンビニがない! 村誘致も助成効果なく 千早赤阪

 大阪府内唯一の村、千早赤阪村が村内に一軒もないコンビニの誘致に取り組んでいる。府内の自治体でコンビニがないのは同村だけ。開店を望む住民の声は多く、開業資金の半額を助成する制度を昨年導入した。事業者の負担を軽くして出店を促すアイデアだが、過疎化が進む村に出店するメリットは少なく、出店業者はまだ現れない。村民の“悲願”といえるコンビニは誕生するのか。【金志尚】

 千早赤阪村は、富田林市と河内長野市河南町に囲まれ、奈良県にも隣接する。南北朝時代の武将、楠木正成(くすのき・まさしげ)の出身地として知られ、日本の棚田百選に入る「下赤阪の棚田」もあり、歴史と景観は有名だ。

 一方、買い物の環境は厳しい。村に大型スーパーはなく、飲料水やカップ麺などを扱う個人商店が数軒並ぶだけ。生協による週1回の移動販売もあるが、必要な物を買いそろえるために村外に出る人は多く、約40年間暮らす辻本正幸さん(73)も「食料品をはじめ買い物には、河内長野に出掛ける」と話す。

 こうした中、コンビニを求める声は以前からあった。村が2年前に地元中学生約100人に将来展望を尋ねるアンケートを実施したところ、自由記述欄に「コンビニがほしい」との回答が相次いだ。ある主婦(69)は「今は村外で買い物しているが、もっと年を取って動けなくなったら大変。近くにコンビニがあれば便利になる」と待ち望む。

 村はコンビニ誘致に乗り出し、昨年4月、300万円を上限に開業資金の半額を助成する制度を導入。赤字が出た場合、1年に最大100万円を補填(ほてん)する(最長3年間)異例の条件も設けた。実際に大手コンビニチェーンなど数社が関心を示して現地視察に訪れるなど期待はにわかに高まった。

 しかし、出店には至っていない。最大の理由が過疎化だ。府内で唯一の過疎地域では、収益確保は難しい。交通量が乏しく、ドライバーの利用も見込みにくいことも、出店を阻む要因となるようだ。

 住民の間には、過疎地における経営の難しさを打ち明ける声も聞かれた。村内でカラオケ喫茶を営む中尾安子さん(63)は「人が少ない村に出店しても利益は出ない。高齢者には地元の商店と生協の移動販売で十分だし、若い人は隣接自治体に買いに行く」と話していた。

 それでも村観光・産業振興課は「コンビニが開業しても人口が増えるわけではないが、一軒でもあれば住民には心強い」と諦めていない。

 ◇千早赤阪村の過疎

 村人口は今年3月末現在で5454人。2007年に比べて1000人以上も減少した。65歳以上の割合を示す高齢化率はこの間に17ポイント上昇し、42%に上る。過疎地域自立促進特別措置法は過疎地域の要件として、国勢調査に基づく1990〜15年の人口減少率が21%以上などと定めており、府内で唯一該当する。

足あと帳

足あと帳を作ってみました

ひとこと残していって下さると とても嬉しいです

チャリダーでフロアポンプ

NHKBS1で「チャリダー」という番組があります。

自転車番組です。

ついこの前の回でのことです

出演者レギュラーの猪野学クンですが、背中のザックにフロアポンプを差し込んでいました。

パンクに備えてのことですが、おぬし、やるじゃん。

ザックにフロアポンプはわたしと同じ姿です。

なるほど、わたしの後姿はこんな風に見えていたのか。

----------------------

「しぇるぱ散らし踏み」

http://sherpaland.net/

----------------------

まんぞく

3日続きでボランティアに行きましたから。

今日は池の清掃のボランティアですから。

チョッキを忘れてしまいましたから。

その上にとったと思っていた写真が取れていなくてがっくりです。

そのあと場所移動してカレーを食べてミニ運動会はパスして

孫のところに初孫を抱いて満足ですから。

帰りには万灯ろうを見に行きました。

聖徳太子ゆかりの地で和の文字が浮かんでいて神秘的でしたから。

一日めちゃくちゃ充実した一日でした。

ブラブラについて

先日ぶらぶらすること、について書いた。 そしてある方から「ぶらぶらできないのはぼくに「敵」が見えないからか、それとも見たくないからか。」という感想をいただいた。 そこで自分の置かれている位置と高校生のころから自分は一生ぶらぶらしていたい、という将来の希望を持ちながらのらりくらりと生きてきたその軌跡を想い、そのブラブラというものが何だったのか考えてみることにする。 ただ感想をいただいた方の「敵」というものが今私が死ぬか生きるか関わっている癌というようなものについて書いた文脈からのものであり、今私がここに書く「敵」というのが死をもたらすものをも含む何かでもあり、自分の「ブラブラ」と自分の「敵」というものがどのように関わっているか自分でもこれを探る縁になるかもしれないと筆を始める。

農夫の祖父の下、母子家庭で幸せに育ち子供のころの夢というものがあったのかなかったのか今思い起こしても思いつかない。 当然漠然とパイロットや運転手というようなことはあっただろうがそれは間違っても医者や、博士、企業の社長というようなものでもなく、増してや我々の一世代前の「末は将軍、大臣」かという物々しい掛け声も既にない新生民主主義国日本の子どもの他愛ないものだったのだろう。 けれど英雄というものはあってそれは月光仮面であったりスーパーマンであったりしたが幾ら子供でも将来なれるものではないとは理解はしていただろう。 小学校から高校まで将来のための競争の中にいて将来は大学を卒業して、、、というようなものが周りからの強いプレッシャーとともに頭の前に常にぶら下がっていた。  けれど学校ではその都度尊敬できる素晴らしい教師たちにも恵まれたけれど教師になりたいとは思わなかった。 陰りがでたのは67年ごろからだろうか。 社会の空気がまともに将来の自分とこの国のかたちというものを考えずにはいられない、避けて通れないものとなって我々には迫っていた。 学友の中には大学に行くことが社会に呑み込まれるこ

とであって拒否するものまでいる始末だった。 世間は「猛烈」があたりまえで若者には「ダルイ」気分が蔓延していた。 大学に入った時には「騒乱」は終焉していて何事もなかったように日常は過ぎていく。 

そんな中で自分が選んだのはブラブラと生きることだった。 それができる下地はできていた。 2年浪人して、1年留年、社会に出ても将来有望な職などない。 先日亡くなった加川良というフォークの歌手の「教訓I]というのがあたまから離れなかった。 命はひとつ人生は一回だから命をすてないようにネ、、、、、青くなってしりごみなさい、にげなさい、かくれなさい、、、、そうよあたしゃ女で結構、女のくさったのでかまいませんヨ、、、、、基は戦争にとられるときのことを歌ったものだが我々若者は経済成長期の経済戦争に追い込まれる兵隊さんだったのだから。 そんな中で偶々知り合いのアメリカ人教授からオランダに来て手伝わないかという誘いがあったのでそれに乗った。 それが1980年だった・

オランダで結婚し、子供をもち、息子が中学にあがるころお父さんの公務員の給料が低いから自分は金儲けができるように勉強したいと言われたときには驚いて自分のときとはずいぶん違うものだと思った覚えがある。 自分は大学を卒業してブラブラしているときに新聞広告で応募した中小貿易商社で営業マンをして数千万円の小切手を換金するのを忘れ無効になりそうなときに自分には金儲けは向いていないと思った。 仕事はこなせても仕事に対する意欲がなかったのだ。

たまたまなったライデン大学の語学教師・オランダ国家公務員の給料で生活する親の生活を自分の息子が貧しいと思ったことに時代と国の違いを感じていた。 戦後の貧しい日本の田舎の農家で育ちモノには恵まれていなかったのだろうがそれは感じなかったのだから貧富の比較をする対象がなかったのだろう。 つまり周りも貧しかったということだ。 オランダ人の家人も裕福な家庭では育っていないから夫婦は互いに何の不自由もないとは感じていたのだろうが子供にとってはクラスの親の20人以上が博士号をもち自営業や高収入の親たちが多いところでそんなクラスメートのなりふりをみていて感じることがあったのだろうがそれも分からないことではない。 だからそんな少年の想いをもちつつ息子は大学では経済・経営・税法・ガバナンス解析などを修め一流会計会社に就職し公共団体・公益法人などの分析を専門とし公認会計士になるべく修士号をとってからでも大学にも通っている。 当人は社会の仕組みを知るのが面白いと仕事に励んでいるのだがそれが高収入につながるかどうかには特に興味がなさそうで嘗ての子供の夢から変化してきていることには好感をもっている。 

自分がぶらぶらして生きてきたことからして誰もそうして欲しいとは望んでいないが自分の子供たちには忙しくともいつも何かに追われるような生活、自分の意に添わない生活はしてほしくない。 理想があればそれに越したことはないけれどなくとも何の差支えもない。 自分には理想の職業というものはなかったのではないか、自分の理想は一生ブラブラして適当に生きることだった。 そして定年を迎えた時にこのままブラブラしたまま老いてのらりくらりと逃げ切れるのではと思っていた矢先に胃の中に爆弾を抱えていることを知った。 健康でブラブラしているときに癌が見つかり見た目は変わらぬが強制的にブラブラ生活を余儀なくされることになったのだった。 自分にも他人にも何かに追われるような生活、自分の意に添わない生活はして欲しくない、と書いたが今の自分のブラブラした生活は表面的にはそうみえるが病魔に追われて自分の意に添わない生活なのだ。 だからこれは自分の意図するブラブラではない。

上に述べたある方の「ぶらぶらできないのはぼくに「敵」が見えないからか、それとも見たくないからか。」という意見に戻る。 「敵」というものが何か、敵がみえればぶらぶらできる、というように読めるところが気になる。 この方がいう「敵」というのは上に書いた死にいたる病気のようなものでないと仮定すると、それは巷では「男は外には(社会に出ると)10人の敵がある、という敵とは違うような気がする。 もっと人間存在の基にある自分の意志を阻むものだと想像してみる。 こうなりたい、こうする、というときに目の前に、若しくは遠くから明らかに自分を疎外するかもしれない存在だろう。 それが見えた時にブラブラできるとすると多分そのブラブラは「敵」に果敢に立ち向かうなり正面から対処するなりという行動を意味するのではなく、迂回したり敵から距離をとりながら過ごす、ということを意味するのではないだろうか。 あるときから気づきはっきりとは見えないながらもどこかに厳然と在るとりつくところも見えないようなもの、敵とさえ呼べない肌に纏わりつくような忌むべきもの、それを感じた時に自己防衛の手段が「ブラブラ」なのだろう。

自分にとって自分を疎外する存在というものを感じたのは大学入試時期から大学卒業期の頃だったのかもしれない。 理想もなく定見もなく小市民として生きていく道が漠然と前にあり積極的に企業なり公務員として生きていく自分を描けず漫然と卒業し中小貿易会社に入ったのが一つの契機だったのかもしれない。 会社のメカニズム、扱う商品、輸出業務はやっていて面白くはあるがこのまま一生続けているとどこかでプイと嫌気がさして止めてしまう気がした。 そのとき自分に家族もこどももあったら自分の父親の二の舞ともなるだろうからオランダに来たのは僥倖だった。 それ以後はぶらぶらと生きている。 人には指図されず急がずのんびりとやってきた。 何もしない時間は十分すぎるぐらいある。 公務員で大学教師ほど時間が自由になるものはない。 大学の人間は面白くないからできるだけ大学以外の人間と接するようにしてきた。 趣味にしても読書は続けるけれど猫の散歩よろしくあちらに出かけては頭を突っ込み面白くなければ別のところに行く。 仕事は人に後ろ指をさされない程度にきっちり勤め学会にも顔を出す。 けれど自分は大学にいる人間だとは思っていない。\xA1

‖膤悗砲い訖佑曚廟ご屬鮹里蕕覆い發里呂い覆い里論こΧδ未任△襦▷,韻譴蛭爐蕕涼亮韻箸いΔ發里麓匆颪帽弩イ垢襪里世ǂ虍爐蕕力辰鯆阿唎里鰐滅鬚い韻譴匹修譴世韻澄▷‖膤愎佑婆滅鬚た佑燭舛呂修里Δ措④瓩討い唎里魏真佑發澆討い襦▷\xA129年も同じ職場にいたのだから真面目に働いていたではないかと言われるかもしれないが時間が自由になり暇が多く制約されないというのはブラブラできたという事だ。 

話は突然べつのところに飛ぶ。 11歳のあるときまで全く泳げずある日急に50m泳げるようになり2,3日のうちに平泳ぎで1km泳いだ。 プールもない時で泳ぐのは海だから急に泳げても水には慣れておらず底が見えないところでは怖かった。 12歳の時伯父と二人田舎の海岸に魚釣りに出かけ誰もいない浜で海水パンツの用意もしていなかったので丸裸で波のない海に入り底の見えないところでゆっくりゆっくり浮かびながら平泳ぎで浜沿いに行ったり来たりした。 その時弛緩して伸びきった金玉が水中で揺れるその寄る辺なさが忘れられなくそれがある種ブラブラの感覚だ。 平衡感覚が乱れ重心が定まらず確かなものを求めるけれど掴めるものはない。 女性には理解できるだろうか。 しかし一旦クロールや平泳ぎで大きく水をきスピードをもって泳ぎ始めるとそれも忘れるけれどのんびりと水に浮かび金玉の動きに任せるとそのブラブラはなかなかのものだ。

ここまで書いて来て自分のブラブラは何だったかはっきりと掴めたかどうかは自信がないがそれは多分自分を急かすものもなく、ある程度の好き勝手を制約するものがない状態かもしれない。 大人(たいじん)でなくとも結構、小市民なのだからそれを受け入れ、時間が経つと別に何の功績もなく場を去ることになる。 人に迷惑もかけずある程度ぶらぶらできたというのが人生の褒美だと思っている。

ポアロライブ

22日の夜はポアロライブでした。

前のオオギリダイバーでジャッジの伊福部さんが

「鷲崎さんが痛風を発症したので来れるかどうかわからない」と

いう発言があったので心配していたのですが、ちゃんと鷲崎さんは来てました。

そこから痛風の話に(ちなみに今現在も痛みはある)

そして痛みの度合いをスチャダラパーの売れたシングルで表していました。

4/19(水)頃からどうも痛風がきそうだなという感じに

(ここでは痛みは一番低い:Trio The Caps)

本来ならここでコルヒチン(痛風の初期段階に飲むと効く薬)を

いつもなら飲むのだが、薬がなかった。

4/20(木)はちょっとヤバい感じに(ドゥビドゥWhat?)

4/21(金)さらに痛い状態に(アクアフレッシュ)

この日にやってる内科を探して初診で入ってみると

おばあちゃん先生が出てきて、痛風の症状を伝えると

おばあちゃん先生「お酒飲む?」

鷲崎「はい…」

おばあちゃん先生「だからだよー」

→結局、検査ができないというので近くの医院を教えられる(紹介でもない)

そこの先生が若者の割に声が小さく、やる気があるんだかないんだか。

薬を処方され、これで治らなければ他の病気を考えましょうと言われる。

そして処方されたのが「コルヒチン」。

(くどいようだが、初期段階で効く薬なので「アクアフレッシュ」状態では

もはや遅い感じなのだ)

その日はニコ生で「鷲崎健のアコギFUN!クラブ」があり、

その時点には痛みがマックスになり、足がパンパンに腫れてたそうだ

今夜はブギー・バック)。

開始前に真っ先に鷲崎さんが言ったのが「今、(痛風の)発作が出ている」。

で、スタッフは動揺しているどさくさに鷲崎さんに連絡ミスを謝ったりする。

でも座りだったのもあって、見てた人は全然気づかなかった。

やはりその後、コルヒチンについて調べたら発作が出てから飲んでも意味がなかった。

で、帰ってからロキソニンを飲んだら1時間で痛みが治まった。

結論:ロキソニンすげえ

で、その時の伊福部さん側の話。

ちょうど田村ゆかりと飯を食べていて、そこに滅多にラインを出さない鷲崎さんから

ラインが。

鷲崎「ダメかもしれない」

で、そのことを田村ゆかりに話したら

田村「じゃあ、今レバー食べてるところ写真撮って送ろう」

→そんなことをしたらポアロ解散騒ぎになるからやめる

→でも写真は一応とる

→写真を今、鷲崎さんに見せる

痛みのブギーバッグ時は本当に歩けないようで。

その遅さをキャイ〜ンの登場ポーズで表現する。

(ウド役の鷲崎さんがいつまでたっても着かないので天野くん役の伊福部さんが大変)

テーマトーク

1.死んだ時に閻魔様に言えそうな善行、功績

→地獄コントが始まる

鷲崎さんが閻魔役の伊福部に「なんで上から言うんだよ!」と怒る。

で、善行

鷲崎「コンビニバイトしてた頃、ヤクザの人が水を箱で買うから運べと言われて、

そういうサービスはやってないけど運んだ」

あと、ポアロは100万円寄付しているしね。

2.手話で佐藤は砂糖とかけた手話。佐々木は佐々木小次郎をかけた手話

(背中の刀を抜く動作)だそうです。

お二人の名前を引っ掛けたオリジナル手話を教えてください。

鷲崎さんは簡単じゃ?

→どれだけ鳥いると思ってんだよ!(鷲と鷹の違いは大きさだけだし)

伊福部の「伊」を調べると神職についているものを指すそうだ。

(手で神の杖を持つ象形文字

3.ポアロトリビュートアルバムを作ることになったら、

誰にどんな曲を作ってもらう?

伊福部「吉田美和に『dreams NEVER come true』歌ってもらう?」

誰に歌ってもらうかを考えることに→栗コーダーカルテット

泉谷しげるに「ヨウコソココヘ」

福山雅治に「Dreaming」

ここで伊福部さんの閑話。

TM NETWORKが36曲全部「Get Wild」のアルバム

GET WILD SONG MAFIA)を出したが、

2曲同じものが入っていたそうだ。

でもずーっと「Get Wild」だったから「そりゃ、そーだな!」と思った。

4.「これ、こんな値段なの!?」と驚いたもの

伊福部「ジレットの剃刀の替刃(8枚)がコンビニで4000円だった」

鷲崎「1個1万円のカニ缶を企画で食べたけど正直、よくわかんない」

伊福部さんは贈り物でエッセンシャルオイルを買ったが何かのローズ(2〜3ml)

で1万5千円で驚く。

あと、伊福部さんはDMMの動画に月8980円払っている。

伊福部「でも20万本見放題なんですよ!」(笑)

5.お二人はお葬式で驚いたことはありますか?

鷲崎「爺さんが死んだ時(中学の時)、キラキラの格好した坊さんが

『死んでも悲しむな』と言われて殴ってやろうかと思った」

伊福部「伊福部昭の葬式の時『伊福部崇さんですか?ラジオ聴いてます』と

声かけられたこと」

6.青木佑磨の出世に対して思うこと

→特にない

伊福部「まあ、頑張って下さい」

7.今日のチケットを5歩で失くしました。この後私はどのように生きていけば

よいのでしょう?(ステイゴールド

伊福部さんはすぐに物を失くすので他人事ではない。

例1:新幹線の席にチケットホルダーがある→安心してチケットを入れる

→そのまま忘れて出る

例2:お風呂入る時にシャンプーしたことを忘れる

結論:そのまま生きていくしかない

8.この春新しくやめたこと

伊福部さんは自転車を駐輪場に置いたら、ライトというライトを盗まれる

(反射板まで)。それ以降、夜に自転車に乗れない。

他にもあるか考えている伊福部さんに鷲崎さんがカウントダウンを始める。

鷲崎「5、4、3、2、1」

伊福部「覚せい剤

(客、拍手)

9.お二人が販売禁止になったら買い占めるもの

伊福部さんはペヤングパクチーは箱で買ったそうだ。

鷲崎さんはいつもあるのが良いので早々に諦めて、代替品を探す。

10.私は夢の中で必ず行くデパートがあり、時々新しい店ができる等の更新も

されます。お二人は何か変わった体験をしたことがありますか?

→夢の話をすることに

伊福部「夢の中で人殺した」(隠蔽工作も画策した)

鷲崎「あ、俺用事思い出した」

鷲崎さんは花見の前日に花見に行く夢を見る(楽しみすぎて)

11.奇面組やるとしたらどの役やりたい?

鷲崎「中須藤臣也」

12.今まで生まれてきて一番楽しかったのは何歳の時ですか?

鷲崎(今までもずっと楽しかったけど)「ひょっとしたら大学の時かも」

13.B’z仲良しクイズ

「稲葉さんのソロアルバムに松本さんが言ったコメントとは?」

答.なんでもっと上手いギタリスト使わなかったの?

14.緊張したこと

伊福部さんは、木曜ユニゾンで鈴村さんがスタジオで寝てて、

それを見たスタッフが本番すぎても黙っていようということになり、

その際、伊福部さんが実況をすることになった時緊張した。

世代なのかついつい口調が寝起きドッキリの「おはようございます」(小声)

みたくなる。

コーナー(イギリス超特急)

古畑任三郎の新作を作ろう」

先月と同じく、くじで犯人や被害者を引いて新しい古畑任三郎の話を作る。

その1

犯人:近藤真彦

被害者:水森亜土

動機:いまだに水森さんが明菜とマッチがチューしてる絵とか描いてイジってくるから

方法:車でひく?

みんなが水森さんと言ってるのにマッチ1人だけ亜土たんと言ってバレる

その2

犯人:三國連太郎

被害者:バルト小石

あの首回すトリックに三国が気づいて強請っていたが、バルトさんが警察に

「恐喝されてることを言う!」と言われて殺す(首がねじれて)

合間に首回すやつを今泉くんにやらせたりする。

三国さんだけがその首回すトリックができてバレる。

その3

犯人:松本人志

被害者:スマップ

2人「全員!?」

方法:エレベーターに乗ってるのをそのまま潰す?

動機:木村くんがタイムリープしていることがバレた?

古畑「未来で待ってる」

その4

犯人:山寺宏一

被害者:パンダ

伊福部「これは古畑1/2だ!」