はじめてではないけど

 図書館で、ふぃっと目があい、まだ借りる余裕があったので借りてみた。

「はじめての文学 村上春樹

 目次をぱらぱらみたら『かえるくん、東京を救う』が入っていたからね。

 内田樹が、しばしばこの小説を話題にしていた。アンサング・ヒーローの話題でね。

 危機があったときに救ってくれたヒーローに対しては、誰でも感謝する。でも、危機が起こる前、危機があったことすらわからないうちに危機を回避してくれた人に対して、人はそこに感謝すべきなにかがあったことすら気づかない。

 でも、本当のヒーローとは、そんな場面で働いている人たちのことではないか?って。

 『かえるくん〜』の話は、阪神淡路震災をテーマにした短編集『神の子どもたちはみな踊る』に入っている。俺は文庫が出た当時、その本を読んだので、『かえるくん』も読んでいるはずだ。

 だけど、どんな話なのか、まったく覚えていなかった。

 そういうものだ。

 そういうものだけど、だから読みたいと思っていてね。でも、いくら本棚を探しても『神の子どもたち〜』はなかったのだ。いや、実家の書庫にいったらあったから、読もうと思えばそこで読めたんだけどさ。

 そういうときって、案外読む気にならないんだよね(苦笑)。

 本書を借りてきて、ようやく『かえるくん』を読むことができた。

 そうそう、こういう話だった、という記憶のよみがえりはなく、まったく初めて読むお話として楽しんだ。

 覚えてないもんだよね。

 かえるくんの最後の描写は、しつこいくらいにグロテスクだった。

 アンサング・ヒーローの扱いは、そういうものだ、というくらいに。

 でも、全体的におとぎ話じみたすっとぼけた雰囲気があって、気をつけないとそういうグロテスクさも、パステルカラーに塗りつぶされて読み飛ばしそうだった。内田樹の指摘があったから、そういう部分に敏感になれたんだろう、というくらい。

 おとぎ話からなにを読み取るかは、経験であるとか、あるいは経験をもった大人の導きが必要、ということだろうか。

 この本、他の話もどちらかというとおとぎ話じみたものが多い。つまり、現実にはない何かが出てくる。羊男とか、とんがり鴉とか。

 そこから何か読み取れるのかもしれないけど、俺はあんまり何かを読み取ることはなく、シュールなおとぎ話として読んだ。

 『牛乳』とか『ドーナツ化』とか、こんな話書いてたんだ、って知らなかったものもけっこうあった。忘れているだけで、どこかで読んでいるのかもしれないけど。

 『沈黙』は別の本で読んでいるけど、重いようでいて、こういう話の方がむしろわかりやすいのかもしれない。

 村上春樹は新刊がニュースになるくらい有名だから、批判も多い。

 なにか深いことを求めて本を手に取ったとき、こういうわけのわからない話ばかり読まされたら、腹は立つかもしれない。

 あるいは、内田樹みたいにそこからでも何か深いものを汲み取ることがあるのかもしれない。

 それは発信者と受信者の間に、幸運な通信が成立して初めて起きることで、常に起きることではないのだろう。

 でも本を読むって、有名な作家と有名な学者さんだけでなく、自分の手に取った本と自分の間に、そういう幸運な通信を期待してする面もあるんじゃないかな。

 なんてことを、よくわからない話の多い、本書を読みながら思った。

 この本を手に取ったはじめて村上春樹を読む若い人たちは、幸運な通信ができただろうか。